はじまりの記録



はじめに」とまで書いて自分の一人称に戸惑う。

いきなり、今まで使っていた一人称がまとまりなく主張しはじめてどれを選んでやれば良いものか迷うのだった。

「俺」という言い方は粗野だけど、友人関係ではよく使っていたし音の抜けも良い。

でも何回も読みなおすネットという場ではあんまりしっくりこない。なにがこないかって世界観が。

「僕」は”俺”より優男風で筋肉を感じられない分、普段の自分からは抵抗があるが(筋肉を賛美しているわけではなくぬるいのだ!)、ネットでぶつぶつ記録するに”俺”より比較優位な世界観を持っている。偏見かもしれない。

「自分」は本当に便利でナチュラルな言葉でつい使ってしまいがちな言葉で、本当に便利ポンな言葉なので迷う時間が惜しい時に他を踏んづけて飛び出してくるのだが、軍人っぽいという指摘を受けたことがあって優しいネットに引きこもりたい自分としては躊躇している。

「私」は特に問題は無いが、"わたし"なのか"わたくし"なのかの部分で読者に問題が発生する疑念がある。でも大した問題じゃない?そう

 

会議の結果、時間切れとなり以後の使い方はこれまで通りバラバラに使っていこう。ないし一人称は避けよう。

そんな決心をこの文章を書くことで掴んだのだった。

 

のブログは失われゆく発想力を補うために無理くり文章をうっていこうというリハビリを兼ねたブログだ。

プライベートなことを書くのは恐ろしいので、そこはあんまり触れず接したコンテンツや趣味、体がだるいなどの症状をツイッターよりも長々と綴る場所になる。

なんにせよ、この世界は膨大な情報が通りすぎてゆくため全てにリアクションするのも一苦労。

いいね!が流行ってるのはリアクションするものが多すぎるてちゃっちゃっとしたい世界の欲求に合致しているって爺ちゃんが言ってた。

いいね!よりも長い感想を述べるために文章を打つ、それが世界と俺のリハビリ法だ!!

根拠は無いんだなこれが